日々のこと

昭和61年生まれの既婚子なしの女が、思ったことをだらだらと話すブログです。

開店間際のデパ地下の話 後編

おにぎり専門店
【新潟ゆのたに 心亭】

のショーケースには、
塩むすびから海老天むすまで、
たくさんの種類のおにぎりが並んでいた。


梅と昆布が好きな私は、
早々と枝豆と塩昆布の混ぜごはんおにぎりと、
オーソドックスな梅干しのおにぎりを選び、
すじこと焼きたらこと天むすで悩んでいる夫のことを待った。


『いや‥』『でも‥』『やっぱり‥』と呟く夫の横に、
六十後半くらいの紳士が並んでいらっしゃったので、私は
『お先にどうぞ』
と順番をゆずった。
そして手持ち無沙汰のため、
紳士が慣れた感じでおにぎりをえらぶ様子を横目で追うことにした。


その時。


紳士はしわがれた声で
『お醤油のシャケをひとつと‥』
と言ったのだ。


"オショウユノシャケ"

 

"オショウユノシャケ"

 

"オショウユノシャケ"?

 

心の中で何度も"オショウユノシャケ"を再生しながら、
私はショーケースの中にある
"オショウユノシャケ"
を探した。


案の定、
"オショウユノシャケ"は、
"お醤油の鮭"ではなく、
"鮭醤油"という商品名だった。


この紳士は"鮭醤油"を"お醤油の鮭"と言うのだ。
そしておそらく、
普段から"醤油"のことも"お醤油"と言うのであろう。


ベージュのコットンパンツをはき。


パナマ帽をかぶった。


どこにでもいそうな紳士。


私は
(どう生きたら‥"鮭醤油"を"お醤油の鮭"と言えるようになるのかしらん‥?)
と思った。
思ったが‥
そういう品のある生き方は、
私の人生?運命?未来?には用意されていないような気がした。


強がりなんかじゃなく。
私は全然平気だった。


悔しくも。
悲しくもなく。
むしろちょっとだけ、
可笑しかった。


そんなことを考えている間に、
夫の食べたい具材が決まったらしい。
さっさと注文し、
会計をすませた。
ついでに向かいのからあげ専門店で、
にぎりこぶし大のからあげも買った。


ガラガラのイートインスペースで、
『なぜこんなにうまい!?』
『具、はいり過ぎじゃない!?』
『にぎり加減も塩加減も最高レベル!』
『からあげもめちゃうめぇ!』
と、マスク会食を心がけながら朝食を楽しんだ。

 


満腹になったところで、例の
"魔術師が使うようなゴブリンとか、エジプトの呪いみたいなガラスの器"
の候補になりそうな器を見に行った。


夫はあいかわらずの猫背で狭い店内を見回り、
私に小声で
『う〜ん‥これとはちょっと違うんだよね』
と言った。


私は夫の人生?運命?未来?に、
"魔術師が使うようなゴブリンとか、エジプトの呪いみたいなガラスの器"
が用意されていることを願った。

 

 


※次回は8/10にあげます