そのあと紳士は、
テーブルの上に四角い箱のようなものを置いた。
百貨店の包装紙にくるまれたソレは、
私が通っている脱毛サロンの角枕のようなおおきさだった。
油気のないであろう指で包装紙をはがす紳士に、
隣の婦人はなにか言たそうだったが、
何もいわずに、
カップの中の飲み物に口をつけていた。
遠目から見ていた私は、
その四角い箱のようなものがなんであるのかがわかっていた。
"年寄りが好きな食べ物"とは限らないのだが、
なんとなくソレは"年寄りが好きそうな食べ物"で。
私は自分がもっと年をとったら、
今よりももっと好きになると思うし。
16歳の頃、
朝にシリアルやグラノーラを食べる自分が好きだったように、
86歳になった自分にも、
ソレを食べる自分が好きでいて欲しいという、
個人的な願いがある。
やわらかくて。
あまくて。
むちむち。
もちもち。
皮と呼ばれる外側は、
焼きたてのパンの香りとも違う、
不思議なこうばしさがあって。
ずっとあの皮の香りを嗅いでいたいと思うほど、
他の食べ物にはない、
非常なる魅力を兼ねている‥
我が地元青森市では
"おやき"
と呼ばれ、
多くの人が
"今川焼き"
と呼ぶソレ。
その今川焼きを、
むつむつと食べだした老夫婦の目の前にある箱には、
"御座候"
と印字されており、
私はこの百貨店の食品フロアにある今川焼き屋さんの店名が、
"御座候"であることを思い出したのだった。
自分らのケーキを平らげた後、
用事を済ませつつ、
"御座候"という店名の今川焼き屋さんの前を通ったところ、
長蛇も長蛇。
長い列はソーシャルディスタンスのためUターンを余儀なくされ、
まるで蛇がとぐろをまいたまま横たわったような形になっていた。
私はとてもじゃないが並べないと思い、
早々と退散。
そして次の日、
中野駅の歯科に行くという夫に、
駅前の有名店"おやき処 れふ亭"という今川焼き屋さんで、
今川焼きを買ってくるよう依頼。
ネットの情報をたよりに、
『焼いもあんこはめずらしいからコレはマストよね。わ!泣く子も黙るチーズ入りあんこがあるじゃんか!コレ、即決!餅入りあんこも捨てがたいなぁ‥ええい!これも買っておしまい!!』
と、なんとひとりでみっつもの今川焼きを選び、
甘いものが得意でない夫はきちんとみっつだけを購入し帰宅。
袋の中でいい具合に蒸された今川焼きは、
案の定、
こうばしく魅惑的な香りをまとっており、
私はフンフンスンスンと鼻をならしながら、
あっという間にみっつもの今川焼きを平らげてしまった。
わたし...
今年、36歳というオバハンの年齢なんスけどね...
年々、食べる量が減ったなぁ...
とか思ってたんだけど...
いやはや。
これいかに...ですわよ。
はっ!
まてよ!?
これがかの有名な
オープン・ザ・セサミならぬ、
オープン・ザ・イマガワヤキ!?
もしや今しがた、
私の中での今川焼きロードが開通した!?
ちっ。
なんだよ、ババアかよ。
と、自問自答する日々のなんと馬鹿馬鹿しくも楽しいことか。
そんなこんなで今週末は、
三軒茶屋にある"今川焼 かしわや"という店名の今川焼き屋さんに行ってきます。
親愛なる我がインフルエンサーに感謝と敬意を込めて...
※次回は3/15にあげます